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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)153号 判決 1989年9月28日

原告

ジェイ・エス商工株式会社

被告

増田和夫

主文

特許庁が、昭和59年審判第7667号事件について、昭和61年5月14日した審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「金属表面に施すプラスチック化粧仕上げ方法」とする発明(以下、「本件発明」という。)についての特許第一一七五一九九号発明(昭和55年2月14日特許庁出願、昭和58年10月28日設定登録、発明者原告。以下、「本件特許」という。)の特許権者であるが、原告は、昭和59年4月26日、本件特許を無効とすることの審判を請求し、特許庁は、これを昭和59年審判第7667号として審理した結果、昭和61年5月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をなし、その謄本は同6月4日に原告に送達された。

二  本件発明の要旨

金属製品の塗装面を彫刻機などで削設して枠部1付きの、凹状部に形成し、該塗装面に砂、エメリー銅などを吹付けて粗面となし、エボキシ樹脂を主材とする粘液状塗装内に肉眼で識別しうる程度の大きさで、大きさ及び重量が不均一の合成樹脂、金属、貝類等の着色多角形粒状物2を多数混入し、該粘液状塗料を前記塗装面にやや膨隆状に盛り上るよう塗布し、四〇℃以下の温度下で真空脱泡せしめ自然乾燥した後五〇℃ないし一二〇℃の熱を加えて塗料により形成されたプラスチック化粧板3の後硬化を行ない、後硬化完了後金属製品の枠部表面とプラスチック化粧板を段差のない滑面に研削し、ついでツヤ出し及びメッキ処理を行なうことを特徴とする金属表面に施すプラスチック化粧仕上げ方法(別紙図面(一)参照)。

三  本件審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は前項記載のとおり(特許請求の範囲の記載に同じ。)である。

2  これに対して、請求人(原告)は、

(1) 本件発明は、その出願前において公然と実施されていたものであつて、特許法二九条の規定に該当する

(2) 本件発明の、甲第一六号証(本件における書証番号に同じ。以下同じ。)記載の発明(昭和54年11月30日特許出願、昭和56年6月29日出願公告、発明者島田一郎)と同一であつて、特許法二九条の二の規定に該当する

(3) 本件発明は、甲第一一、一二号証及び第一八ないし二二号証の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

旨主張している。

一方、被請求人(被告)は、本件発明の化粧仕上げ方法の特異性を主張している。

3  そこで、まず第一の理由(右(1)の主張)について検討する。

(一) 請求人が本件発明がその出願前において公然と実施されていたとする主張を裏付ける株式会社広済堂の証明書(甲第一号証)には、昭和46年以降発売していた商品名スターリングのライターの外装ケースの製造工程が「真鋳製のライター外装ケースに凹部を形成し、該凹部に顔料等を混練したエボキシ樹脂からなるラッカーを充填し、ケース面よりやや膨隆状になるよう形成し、真空脱泡せしめ、硬化後全表面を平滑面に研磨する工程」からなることが記載されているが、本件発明の特徴であるエボキシ樹脂粘液状塗料に混入される着色装飾片として、「肉眼で識別しうる程度の大きさで、大きさ及び重量が不均一の合成樹脂、金属又は貝類等の着色多角形粒状物」(以下「粒状物」という。)を選択使用することについては全く記載されていない。

(二) これについて、請求人は①右スターリングライターの外装ケース樹脂板の剥離拡大写真(甲第三号証の一ないし三)を示し、この写真のものが、本件発明方法で得られる「まだら状のチラシ模様」に非常に似ている点、②種々の粒度の金属粉の実物見本(検甲第一号証の一ないし三)を提出し、本件明細書中に記載している本件発明に係る右着色多角形粒状物の好ましい粒度範囲「〇・五~〇・一mm」のものは完全に粒体である点を挙げ、前記株式会社広済堂の証明書に記載された方法は本件発明方法と同じかもしくはその内容から容易に推考することができる旨主張しようとするにある。そこで、さらに審理すると、本件発明で着色装飾片として用いる粒状物とは明細書全体の記載に徴して、互いに①大きさ及び重量が不均一(すなわち不揃い)で、②その形状も整っていない多角形で、かつ、③肉眼で識別できる程度の大きさのもの、という条件をみたす粒状物を指すと解するのが妥当である。

(三) してみると、請求人が本件明細書中の一部の記載、「好ましくは〇・五~〇・一mm程度の寸法」のみをとらえ、本件発明の粒状物を単純に粉体であると解釈し、前記株式会社広済堂の証明書に記載の「顔料等」と同じであるとするのは適切でなく、この「顔料等」が右認定の①ないし③の特徴を備えているかを論ずべきである。ところが、右「顔料等」が右①ないし③の特徴を持つかはその証明書類からはうかがい知ることはできないし、また、請求人が提出した検証物(検甲第一号証の一ないし三)からでは、粒度が〇・一mm程度に細かくなると金属粒が粉体に近くなることがわかるだけである。また、他の書証にもこの点に言及した記載は全くない。以上のとおり、前記株式会社広済堂の証明書に記載された方法は本件発明方法で要件のひとつとする粒状物を用いるものでないのは明らかであるから、その方法で製造された「スターリングライターの外装ケース」が本件発明方法で得られたものと非常に似ているか否かに無関係に、両者方法は全く別異のものであると判断せざるをえない。

なお、請求人が提出した他の書証は、株式会社広済堂の証明書(本件における甲第一号証)の内容について公然実施の観点から補強するものであって、本件発明を無効とするに足る内容ではない。

(四) したがつて、請求人が主張する理由では、本件発明を無効にすることはできない。

4  つぎに、第二の理由(右(2)の主張)について検討する。

特開昭五六-七八九九九号公報(甲第一六号証。以下、単に「引用例」という。)(別紙図面(二)参照)には、エボキシ樹脂粘液状塗料に混入する着色装飾片である粒状物の点を除くと、本件発明方法と同じようなプラスチック化粧仕上げ方法が記載されてはいる。しかしながら、この着色装飾片については、具体的には、真珠粉または合成真珠粉のような粉末体(該公報第五欄一一行ないし一四行)であると記載してあるだけで、前記①ないし③の条件をみたす粒状物であるかは明らかでない。また、この化粧仕上げ法で製造された模様は雲状のものであり(該公報第四欄一行ないし三行)、本件発明で意図するまだは状のチラシ模様でない。

してみると、本件発明は、特開昭五六-八二二五九号公報(甲第一七号証)を参照するまでもなく、引用例記載の発明と同一でない。

5  請求人が提出した甲第一一、一二号証及び第一八ないし二二号証のそれぞれには本件発明の化粧仕上げ方法の構成要件の一部についての記載はあるが、本件発明の要件である前記特定の粒状物を着色装飾片として用いる点についは、なにも記載されていないし、示唆する内容もない。

してみると、請求人が主張する理由では、本件発明を無効にすることはできない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決理由の要点1、2は認める。同3のうち、(一)及び(二)は認め、(三)及び(四)は争う。同4のうち、引用例には、エボキシ樹脂粘液状塗料に混入する着色装飾片である粒状物の点を除くと、本件発明方法と同じようなプラスチック化粧仕上げ方法が記載されている点は認めるが、その余の認定判断については争う。同5は争う。

本件審決は引用例記載の発明と本件発明との同一性の判断を誤り、また、本件発明の要件とする粒状物についての進歩性を誤認した結果、その結論を誤った違法がある。

1  本件発明と引用例記載の発明との同一性に関する判断の誤りについて(取消事由1)

(一) 引用例記載の発明において用いる「粉末体3」は、その「発明の詳細な説明」における他の記載と別紙図面(二)第2図をみれば、次のとおり、実質的には本件発明における粒状物と同一であることが明らかである。

すなわち、第三欄一一行ないし一四行には「着色料が染料のみである場合には、得られるエボキシ樹脂層4内に分散された粉末体3のすべてが同じように視認される」と記載され、また第三欄一八行ないし二〇行には分散された粉末体3がエボキシ樹脂層4の表面からの深さに応じておぼろに視認され、」と記載され、更に第四欄一一行ないし一二行には、硬化時の「温度があまり高すぎると混入された粉末体3がすべて凹所2の低部に沈降してしまう」と記載されているのである。なお、これらの記載中における「分散」とは「ばらばらに散らばること。まき散らすこと。」(広辞苑)である。したがつて、これらの記載から、粉末体3のそれぞれがエボキシ樹脂層内に密集することなく散らばり、かつ粉末体の一個一個がエボキシ樹脂層の表面から視認されるということが明らかであり、更にまた温度が高い場合には全てが沈降してしまうという記載から、重量すなわち大きさもかなりあるということがわかるものである。更に、別紙図面(二)第2図において、エボキシ樹脂層4中に大小不揃いの粉末体3が密集することなく点在し、しかも該粉末体3のそれぞれがエボキシ樹脂層4の厚みに対して粒といえる大きさの程度に白抜きではつきりと描かれているのである。

したがつて、これらのことから、引用例に記載された粉末体3は表現こそ「粉末体」としているものの、その実質においては「粒」といえる程の大きさをしているものである。また、「多角形状」の点については、真珠等を砕いて細かくした場合は必然的に形状も揃わず、多角形状となるものである。

また、第二欄一〇行及び一九行には「アルミ粉」と記載されており、粉末体3として真珠粉または合成真珠粉のほかアルミ粉をも含むことは明らかであり、引用例記載発明における「粉末体3」は本件発明における粒状物と同一である。

(二) なお、第四欄一行ないし三行における「雲状の模様」の記載については、見るもの感覚によつたものであり、雲状に見えるかまだら状に見えるかは見るものの感覚によって異なるところである。したがつて、「雲状」と記載されていたとしても、これに限定して解釈する必要はないものである。

また、表現としての「雲状」も「まだら状」も密度が不均一であることに変わりがなく、模様としては同一である。また、仮に「雲状」と「まだら状」差異があつたとしても、本来、発明の同一性を認定するについては、発明者の主観的な意図である発明の目的、作用効果よりも、発明の構成を重視すべきものであり、本件発明と引用例記載の発明とは構成が同一であるから同一の発明である。

(三) 本件審決は、以上の認定を誤り、その結果、「本件発明は甲第一七号証を参照するまでもなく、引用例記載の発明と同一ではない。」と結論づけているが、かかる結論はその前提判断を誤ったものである。

2  進歩性に関する判断の誤りについて(取消事由2)

(一) 甲第一一、一九及び二二号証ぎそれぞれには、本件審決にいう「本件発明の要件である前記特定の粒状物」についての記載を除けば、本件発明における粒状物と同様のものが記載されている。

すなわち、甲第二二号証(特公昭五二-一三二二〇号公報)第一欄一四行ないし一五行には、「透明もしくは半透明の石、ガラス又は合成樹脂の砕片又は粉粒物」を使用することが記載されているとともに、第三欄二二行ないし二五行には、「充填剤としては透明又は半透明でよく、たとえば寒水石、長石、硅石等の天然物の砕片又は粉体、各種ガラスの砕片又は粉、各種合成樹脂粒又は粉などが単独又は混合して用いられる。」と記載され、更に第三欄二九行ないし三一行に、「充填剤の大きさはとくに制限はないが、通常は平均粒子径〇・三~〇・七mm程度から選ばれる。」と記載されている。このように甲第二二号証には、プラスチックの着色、柄付材料として本件審決において認定したと同様の着色多角形粒状物を用いることが記載されているのである。

また、甲第一九号証(特公昭五一-一八二六七号公報)第一欄二七行ないし二九行に、「液状樹脂に無機質の天然石粉末、ガラス繊維等の混合剤を混合攪拌して粘性液状材料1を構成し」と記載され、かつ第二欄一六行ないし一九行には「粘性液状材料は液状樹脂に混合剤を混入するので、化粧板自体に天然石等の感じを出したい場合は、天然石等の粉末或いは砕石等を入れて天然石の感じを出すことが出来」と記載されているのである。

更に、甲第一一号証(特開昭五〇-四一三七号公報)一頁には、「従来行なわれていた各種合成樹脂による意匠柄付の方法は、塩化ビニール等の着色チップ、ガラス繊維、布紙等の散布、貼付により樹脂の透明ガラス質を利用して塗布した方法」と記載され、塩化ビニール等の着色チップをプラスチック柄付材料とすることが記載されているのである。

(二) そこで、本件審決がいう「本件発明の要件」たる「肉眼で識別し得る程度の大きさで、大きさ及び重量が不均一の合成樹脂、金属、貝類等の着色多角粒状物」を選択したことが進歩性を有するや否やについて考察するに、本件審決は、「被請求人は、検乙第一、二号証に係る見本写真を提出し、本件発明の化粧仕上げの方法の特異性を主張している」とのみ記載し、当該特異性が技術上の困難性を有するや否やについては全く判断しておらず、本件発明における右材料の選択は、単なる新規な思いつきにすぎないものであり、また「各粒子が肉眼で明確に識別され、点々としたチラシ模様になつている」とする効果においても材料の選択自体から当然に予測される効果にしかすぎないのである。

更に、材料物質を既存の技術の対象物質と全く別個の物質を選択することにより、従来存在した構成上の困難性が克服されたとした場合はともかく(この場合においても、当該物質が当業者の通常の知識の範囲に入るか否か、また作用効果の顕著性があるか等の判断を経なければならないのも当然である)、本件においては、従来材料物質と同一のものであるが、これと対比してその粒径を幾分大きくし、「肉眼で識別し得る程度の大きさで大きさ及び重量が不均一の合成樹脂、金属、貝類等の着色多角形粒状物」としたにすぎないものであり、基本構成の変更と評価されるものは全く存在せず、かつ、何ら技術上の困難性が存するものではなく、進歩性を有しない。

(三) また、本件発明の出願当時における技術水準を示す参考資料として提出した甲第二三ないし二八号証の記載からも明らかなように、本件発明における着色装飾片である粒状物は、本件発明の出願当時において既にプラスチックの模様形成材料として用いられていたものであるから、当業者が容易に選択使用することができるものであつたのである。

(四) 以上のとおり、本件審決が本件発明の要件とする着色装飾片である粒状物について進歩性を認めた認定は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。

1  取消事由1に対する反論

(一) 原告は、引用例の「発明の詳細な説明」における他の記載と別紙図面(二)第2図の記載から、「粉末体3のそれぞれがエボキシ樹脂内に密集することなく散らばる」旨主張するが、粉末体の分散は本件発明の着色装飾片である粒状物との対比上に何の意味もない(なお、引用例記載の発明は、雲状模様を形成するものであるから、当然に粉末体が他より密集した箇所が存在する。)。

また、原告は、これら記載から、粉末体の一個一個がエボキシ樹脂層の表面から視認されるということが明らかである」旨主張するが、引用例二は粉末体が視認されるとの記載しかない。粉末体が視認されるとは、粉末体の一個一個が見える場合のほか、個々の粉末体は判別できないが粉末体の集合が見える場合もある。人造真珠粉が通常多角形状をなすものであることは争わないが、引用例ではそれ粉体が雲状の模様を形成するものであるから、当然後者の場合を意味すると解すべきである。

原告は、引用例の「温度があまり高すぎると混入された粉末体3がすべて凹所の低部に沈降してしまう」との記載から、「重量すなわち大きさもかなりあるということがわかる」旨主張するが、沈降することからは比重がエボキシ樹脂より大きいということがわかるだけであり、大きさについては何もわからない。なお、本件発明の粒状物は重量が不均一なものをいい、重量が大きいことは本件発明とは無関係である。

更に、原告は、図面別紙図面(二)第2図記載において「該粉末体3のそれぞれがエボキシ樹脂層4の厚みに対して粒といえる大きさの程度に白抜きではっきり描かれている」と主張するが、同図の粉末体3で形成されているところの雲状模様6は平行線で表されており、粉末体を粒状に描いたのは単に作図上の都合にすぎないものである。

以上、引用例の粉末体が本件発明の粒状物と同一であると判定することができないことは明らかであり、本件審決の認定は正当である。

(二) 引用例の意図する発明と本件発明とを対比すると次の通りである。

(1) 引用例記載の発明「奥行きのある雲状の模様」は、個々の粒状物が識別できる本件発明の「まだら状のチラシ模様」とは異なり、個々の粉末体の密度の不均一によって形成されるものであり、また、チラシ模様を含むものでもない。

これは、引用例の第二欄三行ないし一三行に「雲状ないし斑点状の模様を形成する方法も従来より知られているところである。本発明は、このような従来方法を改良して、従来方法では得られなかつた優美な装飾模様を形成できるようにすることを目的としたものであって、…奥行きのある雲状の模様を表すことができるようにしたものである。」と記載され、「斑点状」と「雲状」とを明瞭に区別していることが明らかである。

(2) 「粉末体」は本件発明の要件である粉状物を含むものではない。実際、粒状物を含む旨の記載はなく、右のような斑点状ではない雲状の模様を形成する以上、粒状物を採用することは考えられない。

(3) 更に、本件発明の構成のうち「段差のない滑面に研削すること」、「ツヤ出し及びメッキ処理を行なうこと」は全く記載されていない。

以上を総合すれば、引用例のいとする発明と本件発明が同一でないことは明らかである。

2  取消事由2に対する反論

甲第一一、一九、二二号証が本件発明の粒状物の使用について示唆しているとするならば、少なくとも、本件発明の目的が既知であるか容易に想到しうる状態にあったこと、本件発明の他の構成要件の結合が既知であるか容易に想到しうる状況にあること、本件発明の粒状物の使用が可能であることが自明であるかまたは容易に予測しうるものであること、本件発明の作用効果が自明または容易に予測しうるものであることが必要条件となる。

これら条件のうち発明の目的についてみると、本件発明の金属表面に深みのあるまだら状模様を形成するという目的は、甲第一一、一九、二二号証のほか、第一二、一八、二〇、二一号証のいずれにも記載されていない。また出願前に容易に想到しうる状況にあつたことも示されていない。

本件発明の他の構成要件の結合についても、本件審決の指摘通り、原告の提出した証拠には一部の記載があるだけでこの結合は全く示されておらず、勿論容易に想到しうる状況も示されていない。

本件発明の粒状物の使用が可能であることは自明でも容易に予測しうるものでもない。本件発明は粒状物をエボキシ樹脂中に入れ、真空脱泡により攪拌して粒状ぶまを分散させ、その状態に固定して深みのある模様を形成するものである。したがつて、エボキシ樹脂は、真空脱泡が良好に行われるようにするため低粘度であることが望まれ、また、分散した粒状物が浮沈移動して模様が平面的になることを防ぐため高粘度であることが望まれる。これらの要求を同時に満たす粘度が存在すること並びにこの粘度が本件発明の温度条件により実現されることは、本件発明によつてはじめて明らかにされたものである。

本件発明の作用効果は、金属製品表面に表面が平滑に削成された深みのあるチラシ模様を得ることであり、この様な模様は過去に全く無く、到底甲号各証から予測しうるものではない。

以上から明らかなように、本件発明の粒状物の使用が甲第一一、一九、二二号証から示唆される条件は全くなく、よつて、本件審決の判断は正当である。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第三〇号証(特公昭五八-一〇一五三号)(本件特許公報)によれば、本件発明は、ライターなどの平面体、メガネフレームなどの曲面体、万年筆や化粧品容器などの筒状体のごとき各種金属製品に施すプラスチック化粧仕上げ方法に関するもので、透明又は半透明のプラスチック化粧面中に合成樹脂、金属、貝類当の小さな着色粒状物を多数点在させて美観のあるチラシ模様を形成し、製品の価値を高めることを目的として、前記の本件発明の要旨記載のとおりの構成を採択したものであることが認められる。

三  取消事由に対する判断

1  取消事由1について

(一)  エボキシ樹脂粘液状塗料に混入する着色装飾片である粒状物の点を除くと、引用例には本件発明の方法と同じようなプラスチック化粧仕上げ方法が記載されていることについては、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、引用例記載発明において用いる「粉末体3」と本件発明における着色装飾片である「粒状物」との異同について判断する。

(1) 前掲甲第三〇号証によれば、本件発明で着色装飾片として用いる粒状物は、①肉眼で識別しうる程度の大きさで、②大きさ及び重量が不均一の、③合成樹脂、金属、貝類等の着色多角形状ののであつて、より具体的に着色多角形状のものとは、「合成樹脂またはアルミニュームの如き金属さらにパールやあわびなどの貝類の粒状物」(第二欄一七行ないし一九行)であること、その大きさについて、「粒状物の一単位は少なくとも一片が一mm面以下である必要があり、好ましくは〇・五mm~〇・一mm程度の寸法で肉眼により各粒状物の存在が認識しうる程度のものでなければならない」(第二欄三五行ないし第三欄一行)ことが記載され、また、得られる模様については、「塗装面に形成される透明又は半透明のプラスチック化粧板中には多角形状の着色粒状物が適度に分散して点在するので、光の具合により種々のハレーションが発生し、かつ隣接する粒状物が等間隔で整列したり互いに密接したりしないので変化性のあるまだら状のチラシ模様が現出する」(第二欄二七行ないし三三行)こと、「各粒状物は重量差に応じてプラスチック化粧板内で上下に分散し、大きさの差により粒状物の点在効果が向上し深みのあるまだら状のチラシ模様が得られる」(第三欄三行ないし六行)ことが記載れていることが認められる。

(2) 一方、成立の争いのない甲第一六号証(特開昭五六-七八九九九号公報。なお、その内容は願書に最初に添附した明細書(甲第三四号証)に記載されたのと同一である。)(引用例)によれば、引用例には、「物品の主体の表面に堅牢な装飾模様を形成する方法として、主体表面に顔料で着色したエボキシ樹脂を塗着して脱泡硬化させ、色彩模様を形成する方法が従来より知られており、また、塗着されるエボキシ樹脂内にアルミ粉や微細なアルミ箔などを混入してこれを硬化させた後、エボキシ樹脂の表面を削成することにより、削成面に表われるアルミ粉やアルミ箔によつてエボキシ樹脂の表面に雲状ないし斑点状の模様を形成する方法も従来より知られているところであるが、本件発明は、このような従来方法を改良して、従来方法では得られなかった優美な装飾模様を形成できるようにすることを目的とするものであつて、着色料として適宜割合で混入された顔料及び染料を用いてエボキシ樹脂に適当な透明度を与え、エボキシ樹脂層内に混入されたアルミ粉などをおぼろに透視することができるようにすることにより、奥行のある雲状の模様を表わすことができるようにしたものである」との記載(第一欄一五行ないし第二欄一三行」、「エボキシ樹脂に混入される染料と顔料の割合によってエボキシ樹脂層4の透明度が決定され、得られる装飾模様が決定される。すなわち、従来のように顔料のみが用いられた場合には、得られるエボキシ樹脂層4が不透明となり、エボキシ樹脂層4の表面5に存在する粉末体3aのみしか視認されないので、優雅な奥行のある模様は形成されず、また着色料が染料のみである場合には、得られるエボキシ樹脂層4の透明度が高くなりすぎるため、エボキシ樹脂層4内に分散された粉末体3のすべてが同じように視認される」との記載(第三欄四行ないし一四行)、「染料と顔料を適当な割合で混入することによつてエボキシ樹脂層4に適当な透明度を与えることができ、分散された粉末体3がエボキシ樹脂層4の表面5から深さに応じておぼろに視認され、かつ凹所2の底面2aが視認されなくなるので、エボキシ樹脂層4内に奥行のある立体的な雲状の模様3を形成することができる」と記載(第三欄一六行ないし第四欄三行)があり、これらの記載によれば、(引用例記載の装飾模様を形成する方法は、物品の表面にアルミ粉を微細アルミ粉の混入されたエボキシ樹脂そう設けることによりその表面に雲状ないし斑点状の装飾模様を形成する従来方法の改良であり、粉末体を分散せしめたエボキシ樹脂層に染料と顔料とを適当な割合で混入して適当な透明度を与え、これによって分散された粉末体がエボキシ樹脂層の表面から深さに応じておぼろに視認され、エボキシ樹脂層内に奥行のある立体的な雲状の模様を形成する方法であることが認められる。

そして、右甲第一六号証によれば、引用例には、該粉末体として、「金属粉または樹脂粉」(第一欄六行ないし七行)、「アルミ粉や人造真珠粉など」(第二欄一九行)、「真珠粉または合成真珠粉」(第五欄一二行ないし一三行)が記載されていることが認められる。

(3) 前記(1)及び(2)に述べたところによれば、本件発明及び引用例記載発明は、いずれもその用途が物品の装飾的模様を形成することにあつて、それが「粒状物」であるか、「粉末体」であるかは別として、合成樹脂、金属、貝類であることに変りはないものということができる。

(4) 次に、つぎれも成立に争いのない甲第一一号証(特開昭五〇-四一三七号公報)、第二二号証(特公昭五二-一三二二〇号公報)、第二三号証(プラスチック用着色剤株式会社高分子化学刊行会昭和37年9月20日発行)、第二六号証(実開昭五〇-六〇二九〇号公報)及び第二七号証(実公昭四二-二三六〇号公報)には、それぞれ、従来の合成樹脂による意匠柄付(装飾模様)の方法において「塩化ビニール等の着色チップ、魚鱗箔、金属粉、箔等」が用いられること(甲第一一号証第一欄二〇行ないし第二欄三行)、美的効果を表現するために樹脂に混合する充填剤として「天然石の砕片又は粉体、各種合成樹脂粒又は粉など」が用いられ、「その大きさは通常は平均粒子径〇・三~〇・七mm程度」であること(甲第二二号証第三欄二三行ないし三〇行)、プラスチック樹脂用着色剤として「アルミ粉末、ブロンズ粉末、ひる石粉末(極く粗く砕いたもの)、魚鱗箔」の用いられること(甲第二三号証一三九頁五行ないし一五行)、プラスチック装飾体の形成において「不定形で粒度の異なるプラスチック違色粒」を用いること(甲第二六号証第一欄一二行ないし一三行)、装飾合成樹脂板において「ガラス或はアクリル樹脂等の透明な一〇〇メッシュ(約〇・一四mm)以下程度の微粉粒、同材よりなる三二メッシュ(〇・五mm)程度以上の細粒」の用いられること(甲第二七号証第一欄二四行ないし第二欄一行)の記載が存在することが認められる。

これらの記載からみれば、合成樹脂粉、金属粉等は、引用例において用いられている真珠粉とともに、装飾模様形成のために合成樹脂に混入する着色装飾片としてごく普通に用いられているものであり、その大きさは〇・一四mmないし〇・七mm程度で、透明なエボキシ樹脂層であって肉眼による識別可能なのが用いられるものであることが引用例記載の発明の特許出願前の当該技術分野における技術常識であったものと認めるのが相当である。また、これらの着色装飾片は一般に金属箔(屑)、樹脂片、貝類を粉砕又は破砕することによって製造されるものであって、その得られる粒状物の大きさ及び重量は、選別する以前にあつては、必然的に不均一であり、形状も不揃いの多角形状を呈するのが通常の状態であるということができる。

そうであれば、引用例記載発明においても、前記のようにエボキシ樹脂層であって、「粉末体3がエボキシ樹脂層4の表面5から深さに応じておぼろに視認される。」のであるから、エボキシ樹脂に混入される着色装飾片である粉末体は、前記のように、同発明出願前における技術常識に照らし、その大きさは肉眼で識別できる程度の大きさであり、かつその大きさ及び重量が不均一な多角形状のものであると認めることができる。

(5) 以上に述べたところによれば、引用例記載の粉末体は本件発明の粒状物の前記要件①、②、③すべてを具備し、両者は実質的に同一であるというべきである。

(三)  なお、被告は、引用例においては雲状の模様が形成されるものであるから、「粉末体が視認される」とは個々の粉末体は判別できないが粉末体の集合が見える場合を意味すると解すべきである旨主張するが、引用例には、「分散された粉末体3がエボキシ樹脂層4の表面5から深さに応じておぼろに視認され」との記載が存することは前示のとおりであるほか、「エボキシ樹脂層4に混入された粉末体3が適当に分散された状態で硬化する」(甲第一六号証第四欄八行ないし九行)、「温度があまり高すぎると混入された粉末3がすべて凹所2の底部に沈降してしまう」(同号証第四欄一一行ないし一二行)との記載もその発明の詳細な説明に存在することが前掲甲第一六号によって認められ、これら記載を総合的にみるならば、引用例には個々に識別して視認し得る粉末体が散らばった状態も開示されているものと解するのが自然であり、雲状の模様とは、エボキシ樹脂層において、個々の粉末体が識別可能状態で上下、左右に集合し、全体として雲状を形成する状態を指し、粉末体分散の一態様を意匠するものと理解するものと理解することができるのである。したがつて、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、引用例の「奥行きのある雲状の模様」は本件発明の「まだら状のチラシ模様」とは異なる旨主張するが、「まだら」の語意は、「ぶち」の意味のほか、「むら」あるいは「濃淡の入りまじつていること」をも意味するものであるから、右の引用例の記載によれば、引用例の粉末も、右の意味で「まだら」に散在する可能性あることを十分に窺うことができる。一方、前掲甲第三〇号証によれば、本件特許公報の発明の詳細な説明には、「光の具合により種々のハレーションが発生し、……変化性のあるまだら状のチラシ模様が出現する」(第二欄二九行ないし三三行)、「各粒状物は重量差に応じてプラスチック化粧板内で上下に分離し、大きさの差により粒状物の点在効果が向上し深みのあるまだら状のチラシ模様が得られる」(第三欄三行ないし六行)との記載があるほか、「チラシ模様等」との記載(第三欄一〇行)もあり、これらの記載によれば、粒状物の分散状態いかんによっては、既に述べたような意味での雲状となり、更にそれが上下に広く分離すれば、「奥行きのある雲状模様」を形成することも否定し得ないのである。要は「粒状物」も「粉末体」も実質的に差異がないものである以上、その分散により形成される着色模様にも格段の差異を見出すことはできないのであり、被告の右主張も理由がない。

さらに、本件発明の構成のうち「段差のない滑面に研削すること」、「ツヤ出し及びメッキ処理を行なうこと」は全く記載されていないとの被告の主張は、前掲甲第一六号証によれば、引用例の発明の詳細な説明には「硬化したエボキシ樹脂層4の表面は、場合により平滑面に削成し、……完成された装飾面とされる。」との記載(第四欄一六行ないし一八行)が存することが認められるので、理由がない。

(四)  以上によれば、本件発明とその出願日前の出願にかかる引用例記載の発明とは同一の発明であると認めることができ、この点に関する判断を誤った本件審決は、違法といわざるを得ない。

四  よつて、審決の違法を理由にその取り消しを求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 杉本正樹)

<以下省略>

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